自然と奏法を変えたくなる

ここ数週間は、ヴァイオリン教室のレッスン伴奏を務めており、バタバタと移動が多い日々を過ごしておりました!頑張っている皆さんとご一緒できること、1年間での変化を堪能できることは、私の喜びでもあります。

ヴァイオリンは難しく奥が深く、1番は「耳の良さ」と、それに伴う「奏法」が決め手なんだなと、つくづく思います。自分で音程を作る事で成立する楽器ですから当然とはいえ、そこには繊細な感性が必要で。とりあえず鳴ってくれて、自動的に音程を作ってくれる、すべてが準備されているピアノとは、大きく違います。(ピアノは逆に、この簡単さ故に、難しさがあるんですね♪( ´θ`))


そして先日は、オーディション用の録音でヴァイオリニストの伴奏を務めました。やっぱり録音は緊張する!!テイクを繰り返す事で馴染んでくる喜びと同時に疲弊してくるわけで(笑)テイクにより音楽性が豊かに反映したものと、技術的な冴えが反映したものがあり、選出にも悩みます。

今回ご一緒させて頂いたヴァイオリニストの演奏が以前と全く持って別人になっていたことにびっくりしました!!話をしたら、奏法を変えたとのこと。やっぱり!!奏法なんですねー。熱量の変化、音色の変化、繊細さ、などなど表現の引き出しが増えて、以前からのパワー溢れる演奏に「引き算」が加わり、立体的な演奏!!感動しました私( ;∀;)

彼女はまだ20代ですが、「学生の時に習っていた感覚とは全然違いますね!」「脱力って大事ですね!」と話してくれました。本当に深く同意!学生の時は弾くことに一生懸命になる事で、なかなか到達できない面がありますもんね。精神面の発展とともに、求める音楽表現も変わっていき、より繊細でレンジのある音幅を作りたくなっていきます。そしてそれと共に、心も豊かになっていき、人生も音楽も立体的で俯瞰的なものになるのではないかと、感じます(╹◡╹)


自分自分!!
私が私が!!

という演奏から、自分が消えて、

「音楽だけになっていく」



「私を表現する音楽」ではなくて、「そこに音楽がある」という世界を目指しつつ、私たちは継続的に努力しています。そこにこそ永久的なモチベーションがあるんだなと、最近本当にそう思います。奏法を見直す事は、その原点でもあり、発動機になるんですね!