支点の移動で音色を変える技術

音色を変えたり、音に光を宿したり、陰影をつけたり。それらの変化は、支点を変えることによって表すことができる。

指先から第3関節、手のひらの真ん中、手首、前腕の下側、上腕肘のすぐ上、肩甲骨周りの筋肉、そして背中まで、欲しい音に合わせて、支点を移動させる技術。(支点は一ヶ所ではなく二ヶ所掛け合わせたり、組み合わせが変わったりする。その組み合わせの力配分を変えるだけでも、また音色が変わる)

モーツァルトこそ、音色の変化。子供の表情がコロコロ変わるような、そんな音の変化がひとつの短いフレーズの中にも、キラキラと散りばめられた演奏を目指す。今年のリサイタルにモーツァルトを入れたのも、それをどこまで出来るか試したいのもあるし、その事を目標にするだけで、練習がより丁寧に繊細になるからだ。

細かい筋肉の使い分けが、以前よりもより確かに、体感としてしっかりと感じられるようになった。これは大きな収穫で、「ここでこの音色!」と思った瞬間に、ピンポイントで「ここ!」と、身体で狙う感じが実に気持ちいいのだ。

そして、モーツァルトで、微細な変化をつけられるようになれば、リストのような大きさのある作品にも、派手さだけでなく、繊細な表情の変化をつけられるようになる。

練習していると、本当にたくさんの大きな気付きがある。これらはピアニストの演奏の質という意味で、核心に触れる内容だ。それぞれの作曲家を「出る音の質の違い」で表現できているピアニストは、これをやっているのだ。

リストやラフマニノフは、大きい筋肉を使い、集めたエネルギーを瞬時に解放する瞬発力が必要になる。


それに対してモーツァルトは、細かく分かれた筋肉を、それぞれに使い分け、まるでピンで止めるような筋肉のブレーキのかけ方を求められる。


「身体の支点になる場所は、出したい音色によって移動させる」


身体のそれぞれのポイントが、「うん、ここだね!」と答えてくれる。身体と会話しながら練習をする。それにはまず、「ここではこういう音が出したい」という、自分の理想がないと成り立たない。この理想があれば、あとは、身体と会話しながら、ここかな?と探っていく、そして何度も試してみる。これが、本当の練習。音楽をするための、練習だ。自分の音をよく聴いているからこそできる練習。


とくにモーツァルトでは、少ない音の中で、より繊細な変化を求めれば求めるほど、この支点移動もより細かくなる。


こういう技術を発見して、自分の身体と脳に染み込ませていくのが楽しいし、練習すればするほど、可能性が常に広がっていく。これを生徒に教えると、より客観的になり、伝えるために言語化する事で脳の整理にもなる。だから、生徒のレッスンをすると、自分も上手くなる。