脳波が違う

「弾ける技術があるんだから、そんなに練習しなくても、いつでもサラッと弾けるものであろう、、」と、よく思われがちなのですが、今日はちょっとその件について真面目に語ります(笑)

もちろん初見力も瞬時の読譜力も、プロである以上それなりにありますので、オペラや伴奏の仕事現場、ちょっとしたコンサートでは、弾き込んでいない作品を弾く事も多く。(そもそも曲が決まるのも、譜面を渡されるのも直近だったり)特にレッスン現場においては、生徒さんが持ってきた初めまして!な作品や、お久しぶりです!の作品を弾く事は日常的です。ですので、「サラッと弾ける」と言えば弾けるので、言葉が難しいのですが。。

例えば、ソロリサイタル。まさか、ソロリサイタルにサラッとしか練習せずに舞台に上がる事は、超一流のピアニストであってもありえません。むしろ、活躍されていればいるほど、練習されていますしね。リサイタルで何百回と弾いている作品でも、一から新たな気持ちで細かく分析し、新たな音色を求め、練習されています。弾けるようになるために時間をかけているのではなくて、弾けるようになってからたくさん弾いているのです(笑)より深めるために。より高いところで一致するために。プロスポーツ選手もそうですよね。トッププロほど、フィジカル&メンタル双方の鍛錬に時間をかけて大切に作り上げているものですよね。

友人ピアニストが、日常の仕事での演奏と、リサイタルでの演奏の違いを、これだ!という言葉で書いてくれていたので、それをそのまま頂きますd( ̄  ̄)助かるわー


脳波がちがうんです。



そうなんですよ!
どんな現場でも、例えばレッスン現場でも、誠心誠意務めている事に変わりはありません。目の前の作品に誠実に真摯に向き合っています。でもやっぱり、リサイタルとは何かが大きく違う。そう、それが脳波なのですよ。使っている周波数、というか、繋がっている周波数が違う。次元が違うとも表現できる。もうこれは疑うすべもなく強い体感がある。だから周りの友人(音楽家)には、うるさいほどにソロリサイタルを薦めています(笑)だって本当に違うんだもの。そして、ここにこそ「本物」があると思うから。


そうそう、私は昨年のリサイタルではトークをはさみ進行しました。結果、脳波が行ったり来たり、次元が上がったり下がったりで、正直やっぱり喋るもんじゃないなぁと思った(笑)お客様には、「わかりやすくて楽しかった!」という反応を頂き、御の字という事にはなるのですが。。そもそも、「わかりやすさ」って何なのかな、、って。未知のものに対しての、想像の手助けにはなりますよね。ここは、コンサートとリサイタルの違いなのかもしれませんね。「リサイタルをコンサート風にしたもの」を昨年はやったんだと思う事にします(笑)

何かを説明する時の脳波と、音楽が元来存在している周波数帯が違うところにあるので、いざ演奏する時に、弾きながら、自分の脳波の居場所を探すような状態になります。


練習量の話から大きくそれましたね。でもなんかそういう事なんですよ。脳波の違い。リサイタルのプログラムを練習している期間は、ずっと脳波が物凄く高い周波数帯にいるんだと思っています。

ここ最近は毎日6時間以上練習できていて、とっても幸せです。先日、3日連続で8時間練習できた時は、4日目で異常に上手くなっていて、感動しました(笑)伸び代ありすぎ!と自分を褒めました。「毎日今日が1番弾ける」という事が本当に凄いと思う。身体の進歩と共に、技術が進歩する。どんどん耳も鋭敏になって。もう、自分に感謝。自分を生かし切りたいし、そうしないと可哀想だとさえ思えてきて。自分に集中すると、自分の事を客観的に観察するようになり、できない自分も、できる自分も、いつだって大切で尊い存在だから、結果、自己肯定感がベースに宿る事になる。悩まなくなる。そんな心のメカニズムにも気付けたり。練習は、そんな恩恵もあり、視野も広くなる。


私の周りの方たちをみても、

自分を生かす(活かす)ことが出来ている人は、悩んでないです。


分析はしますが、悩んではいない、これって本当に大きな気付き。

明日も自分を活かそう!